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都留市ってこんなところシリーズvol.9【お茶壺道中】

「都留市ふるさと納税」といっても、そもそも都留市ってどんなところ?
と思われる方もいらっしゃるかと思いますので、「都留市ってこんなところシリーズ」vol.9をお届けします♪
投稿を通じて、都留市のことを知ってもらえると嬉しいです!

「お茶壺道中」とは

都留市では毎年10月の最終日曜日に「お茶壺道中」の行列の再現を行っています。
「お茶壷道中」とは、江戸時代に京都・宇治から江戸の将軍家へお茶を運ぶために行われた行列のこと。
「お茶壷道中」の行列の経路については、江戸から運び出された空の茶壷は京都へ向かい、宇治に到着すると、上林家の指示で茶葉を茶壷に詰め、江戸に戻ったといわれています。
この行列は徳川家光が慶長18(1618)年から、幕末の慶応3(1867)年まで続けられたと言われています。

都留市との「お茶壺道中」の関係

しかし江戸の夏は暑く湿気が多く、茶の品質を保つのは難しかったため、茶の一部を熟成させるために都留市にあった勝山城の茶壷蔵に置くようになりました。都留市は富士山から近く、夏の間も涼しい気候だったこと、また江戸からも近かったことから、勝山城がお茶の保存場所として選ばれたのですね。

こんな意味だった!ずいずいずっころばし♪

この「お茶壷道中」は、将軍に献ずるものであるため、将軍通行に匹敵するほど格式のあるもので、大名行列でさえも道を開けなければならなかったと言われています。
その道中の様子を歌ったと言われているのが、わらべ歌として知られる「ずいずいずっころばし」です。「♪ずいずいずっころばし ごまみそ(胡麻味噌)ずい 茶壷に追われてトッ(戸を)ピンシャン、抜けたら(通過したら)ドンドコショ(やれやれ、と息をつく)」と歌われているように、この格式ある行列を沿道の庶民は恐れ、茶壷の行列が来たら、戸を閉めて閉じこもり、通りすぎるのを息を潜めて待っていたようです。

「お茶壺道中」の伝統を引き継ぐイベント

都留市では有志の方々を中心に20年以上前から、そんな「お茶壺道中」の行列を再現していて、今では都留市に欠かせないイベントになりました。実際に行列で運ばれる茶壺のお茶は江戸時代と同じように採茶使(お茶の運搬責任者)が京都の宇治にある代上林春松本店まで行って茶壺にお茶を詰めてもらったものです。
ぜひ一度、都留市にお越しになって江戸時代当時の権威をも忠実に再現された現代の「お茶壺道中」ご覧になってみてください
最後までお読みいただきありがとうございました♪

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